「奥西山さんぽ」で確認した石塔 NO.6
- 千種の古城を確認する会
- 2020年8月8日
- 読了時間: 2分
更新日:2020年9月25日
(6)「大峯山上大権現碑」について
兵庫県と岡山県・鳥取県との県境は、中国山地の東端部に当たり、「氷ノ山」・「三室山」等の極めて高大な山塊が存在します。さらに兵庫県宍粟市千種町と岡山県美作市後山との間には、「後山(1,334m)」があります。この山は東に、そして南に尾根が広がっているために岡山県粟倉地方の人々は通常「後山(うしろやま)」と呼び、千種町では 「板馬見山(いたばみさん)」、特に多くの修験道の人々の間では「教霊山(きょうれいさん)」、別名は「行者山」と云っています。また、奥西山集落の人々をはじめ、他の多くの人々は「西の大峯山」と称して霊山としています。
千種川の支流である「西山川」は、上流部で「志引峠」方面からの流れと「島谷」方面からの流れが「岩吹」の入口付近で合流しています。この地点から「志引峠」側の上流部へ約650mほどさかのぼった東側に、高さ約189.0cm、横88.0cm、奥行き53.5cmの花崗岩を素材とした実に大きな石碑が建っています。最上には「大日如来」の梵字が彫られ、その下の中央部は縦に「大峯山上大権現」と大きな文字が陰刻されています。そして右には天保三歳 (年)左には辰 四月日とあります。
更に 「台石」は、高さ36.0cm、横幅113.5cm、厚さ(奥行)79.0cmで、同じく「花崗岩」を利用しており、中央に「當村中」とあります。この石碑は元々さらに背後の山 (大峰山)の中腹に存在したという説もあります。
それにしても、あの「富士山」に色々な登山ルートが有るように、「後山」の山頂に至るのも多くの山道が有り、今は忘れられていますが、奥西山側からも主要な「大峰山ルート(行者ルート)」が有ったと考えられます。
令和2年度の「奥西山さんぽ」では、失われた「大峰山登山道」を「千種の古城」の確認と併せて解明する計画です。

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